二条城(にじょうじょう)(元離宮二条城)


二条城(にじょうじょう)(元離宮二条城)の説明

世界遺産(文化遺産)。
北が竹屋町通、南が押小路通、東が堀川通で画され、西側が西ノ京式部町に接する。
その周囲は幅約十~二十二メートルの堀に囲まれている。

国宝の二の丸御殿をはじめ、東と北の大手門や東南・西南の隅櫓、
本丸櫓門や本丸御殿など重要文化財にしてされている建築物も多い。
築山林泉式の二の丸庭園は国の特別名勝である。

二の丸庭園は、二の丸大広間と黒書院に面する池庭であり、
蓬莱島・鶴島・亀島を設け、西南部に滝組、池畔には多数の石組みを配する。
初期の庭を小堀遠州が改修した。

なお、現在の本丸御殿は桂宮本邸より
明治二十六~二十七年(1893~94年)に移築されたものである。

徳川家康が征夷大将軍の宣下(せんげ)を受けるに際して、
その居館として築かれたものである。
慶長八年(1603年)三月、征夷大将軍に任ぜられたばかりの徳川家康が、
拝賀の礼を挙行するため、はやばやと入場している。

着工を前にした慶長六年(1601年)五月には、
建設予定の地の町家の立ち退きが行われたらしく、
『義演准后日記(ぎえんじゅごうにっき)』には
「町屋四、五千間(軒)モノクト云々」との記録が見られる。
同年十二月には畿内の諸大名に築城費用の負担が命じられ、
翌年七年五月、京都司代板倉勝重に総奉行が命ぜられ、大工頭の中井正清が作事を指揮し、
縄張りは築城の名手藤堂高虎があたった。

徳川家康が入城して以後、二条城は主として徳川幕府の儀典の場として利用された。
大阪冬の陣、夏の陣では軍議の舞台ともなり、
また元和六年(1620年)、徳川秀忠の娘和子(東福院)が
後水尾天皇の女御として入内(にゅうだい)する際には、二条城から儀典が執り行われた。

次いで寛永三年(1626年)には後水尾天皇が二条城へ行幸するなど、
同城は公武和合の象徴として脚光を浴びることになった。
この二条城の行幸に際して、二条城の大規模普請が実施された。
当初は、現二の丸の西北部に初期望楼型の五層の天守閣などがあったが、
二条行幸に際して、城域が西側に拡充し、先の天守閣は淀城に移され、
現本丸の西南部に層塔型五層の天守閣が新造された。

また、徳川秀忠の本丸御殿を造立するとともに、
二の丸御殿では徳川家光のための大改造が行われた。
現在の二の丸御殿は、この時の作事によってほぼ出来上がり、国宝に指定されている。
南に唐門を配置し、内側に車寄(くるまよせ)、遠侍(とおざむらい)、
式台、大玄関、蘇鉄の間、黒書院、白書院が雁行して並び、
内部には重要文化財にしていされている狩野探幽・尚信・興以による障壁画が描かれている。

なお拡張工事には、尾張徳川家(義直)をはじめ、親藩・譜代の大名十九家が動員され、
小堀政一(小堀遠州)が作事奉行を務めた。
さらに寛永十一年(1634年)には、徳川家光が三十万人余の大軍勢を率いて
上洛して二条城に入るが、それ以降は将軍の上洛は幕末に至るまで行われなかった。

万治三年(1660年)には二度に及ぶ大地震、
元禄十四年(1701年)には雷雨による破損が続き、
寛延三年(1750年)には落雷によって五層の天守閣が焼亡。
以後、再建されることはなかった。

また、天明八年(1788年)の大火によって
本丸御殿や隅櫓(すみやぐら)なども類焼している。

江戸初期、二条城は徳川秀忠・家光の上洛に備えた警護として二条城代が置かれたが、
上洛も久しく行われず、元禄十二年(1699年)に廃止され、
その職務は二条材在番(ざいばん)が受け持つこととなった。

衰退の一途をたどった二条城が再び歴史の表舞台に登場するのは、
文久三年(1863年)、第十四代将軍徳川家茂(いえもち)が上洛してからである。
慶応二年(1866年)には、最後の将軍徳川慶喜が二条城にて将軍宣下を受けたが、
翌三年十月になると大政奉還の舞台として二条城が歴史に名を留めることとなる。
二条城は徳川幕府の日の出と日の入りの舞台となる。

明治元年(1868年)二条城は新政府によって接収され、
同四年から京都府庁として活用された。
その後、宮内省に移管され二条離宮となるが、
昭和十四年(1939年)には離宮が廃止されて京都市に下賜された。

(「増補版 京都・観光文化検定試験 公式テキストブック」より参照)

二条城の特徴・見所

まず二条城の特徴として、お城(天守閣)がありません。
初めての方は結構驚かれることもあります。
二条城と言いながら、お城はありません。お城(天守閣)跡はあります。
昔雷で燃えてから、再建されることなく今まで来ています。

お城はありませんが、広大な敷地に複数の立派な庭園や建造物があります。
石垣や城壁、お堀、櫓、御殿などなどはあります。
また、四季に応じて花々、木々が楽しめます。

庭園として、「二の丸庭園」「本丸庭園」「清流園」「桜の園」「緑の園」「梅林」などがあります。
他にも名前はついていませんが、しだれ桜の名所の西門と西橋付近の庭園などもあります。
それぞれの庭園が綺麗に整備されており、緑が美しく、季節ごとにたくさんの花や木が楽しめます。
椿、梅、桜、松など挙げればきりがありません。

建造物としては、「東大手門」「唐門」「東南隅櫓」「二の丸御殿」「本丸御殿」などなど
その他含め見所がたくさんあります。

建造物、庭園ともに一年を通して楽しめます。
かなり広いですし見所も多いので、程度にもよりますが、じっくり見て回るには2~3時間くらいはかかります。
もちろん順番に見て回るだけなら1時間もかかりませんが、できればじっくり見て欲しいです。

二条城の梅

二条城は京都の梅の名所です。城内南西に広い梅林があり、春先には白やピンク、紅い梅が楽しめます。
また、一本の木に紅白の梅が咲く「源平咲きわけの梅」などもあります。
芸術的な枝をした梅やしだれ梅など盛りだくさんです。

二条城の桜

二条城は京都の桜の名所として有名です。例年ライトアップも行われます。
また、桜の種類が多いため、見ごろの期間も長いです。
寒桜、ソメイヨシノ、しだれ桜、そして里桜(八重桜)と順に見ごろをむかえます。
時期によっては見事な散り桜も見られます。
場所もたくさんあり、西門付近、清流園、桜の園、緑の園など様々です。
是非とも一度は見て欲しい桜の名所です。

二条城の紅葉と銀杏

二条城は広い城内に多くのもみじ・楓や銀杏の木があります。
秋には赤や黄色、緑のコントラストが楽しめます。
天守閣跡から見下ろす秋の彩りや庭園の紅葉、銀杏など見所も多いです。

アートアクアリウム城

近年、二条城では金魚と水の芸術的な演出のアートアクアリウムが開催されています。
幻想的な金魚の舞、水と水槽や光の演出が楽しめます。日程によってはイベントなどもあります。

(開催有無に関しては事前にご確認お願いします。)

世界遺産

京都には世界遺産が二条城を含めて17ヶ所あります。

二条城はこんな方におすすめ

  • 広々としたお庭が好きな方
  • 花々・木々・自然が好きな方
  • お城が好きな方
  • お屋敷が好きな方
  • 京都の有名な観光名所へ行ってみたい方
  • 世界遺産が好きな方
  • 歴史が好きな方
  • 修学旅行生
  • 和装・着物の方(和装の方が無料の時があります。事前確認要。)

二条城へのアクセス・拝観時間

住所:604-8301 京都市中京区二条通堀川西入二条城町541

※その他のアクセス方法もあります。上記は一般的なアクセス方法です。 
 時間はおおよその目安です。

開城時間 ⇒ 8:45~16:00(閉城 ⇒ 17:00)(年末年始その他、休城日あり)
入城料  ⇒ 600円(一般)

二条城付近の観光名所

  • 神泉苑(550m ⇒ 徒歩7分)
  • 御金神社(600m ⇒ 徒歩8分)
  • 京都御苑(1.6km ⇒ 徒歩20分 ※場所による)
  • 京都御所(2.1km ⇒ 徒歩25分)
  • 京都府庁旧本館(1.1km ⇒ 徒歩13分)
  • 護王神社(1.6km ⇒ 徒歩20分)
  • 法輪寺(達磨寺)(2.4km ⇒ 徒歩30分)
  • 六角堂(1.6km ⇒ 徒歩20分)
  • 下御霊神社(2.1km ⇒ 徒歩25分)
  • 行願寺(革堂)(2.0km ⇒ 徒歩20分)
  • 本能寺(1.9km ⇒ 徒歩23分)
  • 高瀬川一之船入(1.9km ⇒ 徒歩23分)
  • 矢田寺(矢田地蔵尊)(2.0km ⇒ 徒歩24分)
  • 蛸薬師堂(永福寺)(2.2km ⇒ 徒歩26分)
  • 錦天満宮(2.4km ⇒ 徒歩30分)

※二条城から神泉苑、御金神社以外の他の京都の有名な観光名所は距離がある為、
 急いでいる時は電車、バス、タクシーを利用したほうがいいと思います。
※距離、時間はおおよその目安です。「約~」などは見にくくなる為省いています。

二条城の公式ホームページ

(※まだまだ作成、編集中です。)


広告

  

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です