カテゴリー:京都市東山区, 祇園祭(八坂神社)
タグ:お祭り・イベント
2017年の祇園祭 前祭の山鉾巡行(やまほこじゅんこう)です。
前祭(さきまつり)の巡行では、23基の豪華絢爛な山鉾が京都の街を巡ります。
写真が多くなるため、巡行順に記事を以下①~④の4つに分けました。
①「長刀鉾」「占出山」「孟宗山」「霰天神山」「函谷鉾」
②「伯牙山」「四条傘鉾」「芦刈山」「月鉾」「山伏山」「油天神山」
③「太子山 」「鶏鉾」「木賊山」「綾傘鉾」「蟷螂山」「菊水鉾」
④「白楽天山」「郭巨山」「保昌山」「放下鉾」「岩戸山」「船鉾」
こちらは③の『「太子山 (たいしやま)」「鶏鉾 (とりほこ・にわとりほこ)」「木賊山 (とくさやま)」
「綾傘鉾 (あやかさほこ)」「蟷螂山 (とうろうやま)」「菊水鉾 (きくすいほこ)」』の記事です。
山鉾巡行も半分を過ぎた位から少し疲れてきます。
それも当然で、何時間も同じ場所の立っていたり、座っていたりするからです。
巡行自体は朝の9時から始まりますが、先頭がの長刀鉾が烏丸を9時に出発するだけです。
先頭が四条河原町にやってくるのは、9時半ころかもう少し後です。
23基全てが四条河原町を通過するのは12時ころです。
特別早い朝5時や6時などは別としても、多くの方は結構早くから来られてます。
御池の方は別ですが、四条河原町に9時に着けば場所がありませんし、身動きができません。
山鉾巡行を四条河原町でしっかり見ようと思えば遅くとも8時には着いていた方が良いです。
そうなると、移動時間含めて何時間もかかるので、疲れてきて当然です。
でもそれ位してでも見る価値はあると思います。
2017年7月17日訪問、撮影です。
広告
聖徳太子が四天王寺の建立にあたり、自ら山の中で
良材を探し求めたという言い伝えにちなむそうです。
他の山が真木に松を立てているのに対して、太子山だけは杉を立てています。
天下が治まり争いごとがなくなり、訴訟に使っていた太鼓に苔が生え、
そこに鶏が宿ったという中国の故事にちなみます。
大きな鶏鉾です。
鉾頭の三角形の中に描かれている円形は、
使われなくなった太鼓の中に鶏卵があるという意味らしいです。
辻回しの準備です。車輪に引き綱を引っ掛け、下には滑りやすいように竹を敷きます。
鮮やかな見送りです。日本の絵ばかりではなく、外国の絵も多いです。
御神体は左手に木賊を持ち、右手に鎌を持っています。
そして腰には蓑(みの)をつけています。
謡曲「木賊」にちなむそうです。
我が子を人にさらわれて、たった一人で信濃国で木賊を刈る翁をあらわしているそうです。
赤熊をかぶり大きな傘と棒をもった人が、
鉦(かね)、太鼓、笛にあわせて踊ります。
綾傘鉾は、棒振り囃子の行列であり、綾傘鉾は山鉾の古い形態を残す傘鉾の一つです。
南北朝時代に公卿の四条隆資(しじょうたかすけ)が足利軍と戦って戦死し、
その戦いぶりが中国の故事「蟷螂の斧」に似ていたことにちなむそうです。
四条家の御所車に蟷螂を乗せて巡行したのが始まりといわれているそうです。
半被(はっぴ)の「菊」の字がお洒落で良い感じです。車輪に似せた菊の字です。
車輪の菊花の紋様です。
鉾頭にも金色の透かし彫の菊花をつけています。
真木には彭祖像を祀っています。
町内の井戸である「菊水井」にちなんで名付けられたそうです。
昭和二十七年に再興され、昭和の鉾として立派な姿をみせています。